「真面目に授業を受けないこと」と「不真面目はだめかな?」の2本でとっても不真面目にお送りします。
みなさま
西田です。
昔のドコモの堤真一がでてるCMで
「忙しそうですね」
と聞かれる堤真一が、
「いや、全然。」
って答えるやつがあったと思います。
たぶん僕が1年生か、2年生くらいのCMですごいかっこいいなあと思ったのを覚えています。それに影響されてひたすら仕事を増やし、忙しそうにしてるところに「忙しそうだね?」と聞かれると、嬉々として「いやぁ、ぜんぜん!!」って答えるのをやってました。
その条件反射が身についたのか、忙しいと聞かれると素直に忙しいと言えなくなりました。まあ実際そんな忙しくないので、ホントのことなんですが。
僕はよく「真面目」に授業を受けません。いたって真面目に、です。
学生の本分が勉強で、授業を受けることが大事なのはもちろん理解しています。
どういう状況で授業を受けないかというと、授業と同じ時間に、授業を聞くより成長できそうなイベントだと判断したものがあった場合、そちらに行くということです。真面目でしょ?
最近は本当に真面目な子が増えました。とっても良いことだと思います。なぜ真面目な子が増えたのか。恐らくですが、真面目なことが評価されることだと早い段階で理解した子が育ちやすくなったからだと思います。あるいは、真面目であることがマジョリティーになったからかなと。
しかしただの真面目も、かっこわるいじゃないですか。
1回考えて欲しいなと思うだけなのです。授業よりも大切なことがあるんじゃないかと。
僕は大学にくるときに父に「この4年間は、すべての時間を自分のために使える。そんな時間はもう一生来ない。よく考えて使え。」と何度も言われました。
授業を受けるために大学に来たのではなくて、自分のために今この瞬間を使うために大学に来たと考えるとどうでしょうか。なんか授業以外のこともやりたくなってきませんか。まあ留年しない程度に授業以外のことに手を出すのも、賢い選択だと僕は思います。
で、もう一つ。
そもそもなんですが「不真面目ってそんなに悪いの?」です。
なぜ真面目じゃなきゃいけないのか。
組織を運営する時に、その構成員が指示通りに動くことがとても重要です。現代社会において人は成長するにあたってなにかしらの組織に属することが極めて多いです。その場合、真面目に行動することはかなり重要となってくるので、初等教育で厳しく指導されます。
ただ、だからといって本質的には不真面目であることが悪いという理由にはまったくならないと思います。
何が言いたいかというと、「真面目に生きる」ということが行動原理になってしまっている人が、まれに「(考えることせず)真面目に生きる」になってしまうことがあります。
真面目は深く社会に浸透しているので、「こう行動するのが真面目」というものがたくさんあります。
授業にでるのが真面目。課題をやるのが真面目。締切りを守るのが真面目。約束を守るのが真面目。早く帰るのが真面目。規則正しい生活をおくるのが真面目。親の言うことをきくのが真面目。などなどあります。
そうした行動原理にのっとり、考えることをせずに真面目に授業にでて、裏にある、とっても楽しいことを逃すのはどうかなあと僕は思うわけです。
だから1回、真面目を取り払ってみてはどうかなと思います。
できるだけ、真面目に伝えられればいいかなと思います。















